江戸名所図会に描かれた名所、龍眼寺
江東区亀戸に龍眼寺というお寺があります。応永2年(1395年)の建立と伝えられています。この龍眼寺は江戸時代、萩寺、と呼ばれ、萩の名所として知られていました。名所図会の中にも、
庭中萩を多く栽(うえ)て 中秋の一奇観たり 故に俗に呼で萩寺と称せり
とあり、萩の名所として有名であったことがわかります。
龍眼寺の萩は、元禄6年(1693年)に初めて植えられましたが、その後途絶えてしまいます。明和7年(1770年)、当時の住職である義海という人物が改めて萩を植えました。安永年間(1772年~1781年)にはすでに萩の名所として知られるように。庭一面の萩や、周辺の茶店、萩で作った筆や箸などの名物とともに江戸の名所の1つとなっていきました。
江東区はほかにも梅屋舗や亀戸天神など、江戸時代から江戸近郊の行楽地として知られていました(江戸時代の梅の名所−亀戸梅屋鋪)。大名の下屋敷も多く、保養や隠居の住まいとして使われていました。商人でも別荘としてこの辺りに屋敷を持つケースもありました。江戸市中から隅田川を渡り、日常とは離れた風光明媚な行楽地としての位置づけが江東区のあたりにはあったのでしょう。龍眼寺が萩の名所として知られるようになったのもこうした背景があったのかもしれません。
万葉集にも歌われた秋の七草、萩
秋の野に咲きたる花を 指折り かき数ふれば 七草の花
はぎの花 尾花 くず花 なでしこの花 おみなえし また ふじばかま あさがおの花
山上憶良は万葉集の中で、上記のような2首を残し、秋の代表的な七草をあげています。萩、尾花(ススキ)、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、朝顔(キキョウ)の7つです。
万葉集の中で登場する植物は160種ほど。萩の花は実に141首に歌われており、160種の植物の中で登場回数がナンバーワンです。また、「萩」という漢字は日本で生まれたものであり、秋にくさかんむりをつけて「萩」としています。秋の野に身近にある萩を、日本の秋の代表的な花として認めて、古くから愛されてきたことがわかります。
恋しくは 形見にせよと 吾背子が 植えし秋萩花さきにけり
上記も万葉集に詠われた一種です。秋の野に自生する萩だけではなく、庭に植えるということもおこなわれいたようです。愛しい思いを萩の花に重ね合わせて鑑賞する・・・。江戸時代にも松尾芭蕉など数々の風流人を引き付けた龍眼寺の萩。時を経た現在も、境内には萩の花が咲いています。
参考文献
- 細田隆善著/江東区史跡散歩
- 有岡利幸著/秋の七草
- 川田壽著/続江戸名所図会を読む
- 市古夏生・鈴木健一校訂/新訂江戸名所図会
- 並河治著/暮らしのなかの花
- 五十嵐謙吉著/歳時の文化事典
- 江東区史上巻