江戸時代の迷子案内板-一石橋満よひ子の志るべ

江戸時代の迷子案内板-一石橋満よひ子の志るべ

江戸時代の迷子案内板-一石橋満よひ子の志るべ

日本橋川に、一石橋という橋が架かっています。一石橋は当時、八つ見の橋とも呼ばれ、江戸名所百景にも描かれています。

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また、一石橋南詰には「満よひ子の志るべ」という石柱が残されています。

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案内板には以下のように記されています。

江戸時代も後半に入る頃、この辺から日本橋にかけては盛り場で迷子も多かったらしい。当時は迷子が出た場合、町内が責任を持って保護することになっていた。そこで安政四年(1857)、西河岸町の一石橋の橋詰に、迷子探しのための告知石碑が建立された。日本橋から一石橋にかけての諸町名主などが世話人となり、迷子保護の立場から町奉行に申請したものである。

江戸の町にいくつかこのような石標が建立されたそうですが、現存するものはこの一石橋のものだけです。