握り鮨発祥の地、両国
両国1丁目、住宅街の中に、「与兵衛鮨発祥の地」の案内板があります。この地に、江戸時代人気を博した鮨屋、与兵衛鮨がありました。
握りずしを考案した鮨屋がこの与兵衛鮨、という説があり、握りずしの発祥の地とも言えます。
江戸時代以前の鮨
鮨の起こり、なれずし(ホンナレ)
今日で鮨といわれるとまず握りずしが思い浮かびますが、本来の鮨は現在一般的なものとは違った形でした。
日本に伝わる鮨の起源は古く、東南アジアにあったとされています。もともとは魚を保存するための技術から生まれたものでした。まず、魚を樽などに入れ、塩と米で発酵させ、長期保存する発酵食品でした。
その後、中国に北上した鮨の起源となる製法は、奈良時代以前から日本に伝わったとされています。こうした鮨はなれずしと呼ばれています。作る過程で米を利用しますが、発酵が進むとドロドロになり、専ら魚だけを食べるものでした。
米をたべる鮨、ナマナレ
大量の米を使うなれずしは当時贅沢な料理でした。当然利用する米も食したいという考えが出てきます。なまなれはなれずしの発酵が進み、米がドロドロになる前にご飯と一緒に食べる料理です。室町期に誕生したとされており、鮨が保存食としての意味合いを薄めていきました。
早ずしの誕生
ホンナレ、ナマナレといった昔ながらの鮨は、発酵をさせる必要があるため、どうしても調理に時間がかかってしまいます。この時間を短縮させるために、現在のようなお酢を混ぜた酢飯で作る、早ずしと呼ばれる形態が考え出されました。
早ずしは酢飯を箱に敷き詰め、すしネタを並べて落し蓋を落とし、おもしをかけて作る押しずしとして普及していきました。
早ずしが台頭してくると、発酵をさせる鮨の製法はごく限られた特産品や、贈答としてわずかに残る程度となります。
江戸前鮨の誕生
こうした早ずしが江戸で売られるようになるのは元文から延享年間(1736~1748年)の頃とされています。江戸湾が広がり、豊富な魚介に恵まれており、かつ消費者も多くいる・・・。こうした江戸の事情が早ずしを普及させる要因となったのかもしれません。なれずしを作っていた鮨屋も徐々に早ずしを扱うようになります。
宝暦年間(1751年)頃になると、屋台で早ずしが売られるようになります。笹の葉などに、一口大に包んだ押しずしを並べ、飲んだ帰りや腹が減った時に気軽に2,3個食べる、というスタイルが江戸で見られるようになってきました。
そして、いよいよ現代の鮨の原点となる握りずしが登場します。押しずしを作るには少し時間がかかる、その時間を短縮するためにいわば即席の押しずしとして生まれたのが握りずしです。
なぜ江戸で握りずしが生まれたか
与兵衛鮨が握りずしの発祥かどうかは定かではありませんが、江戸前でとれた新鮮な魚介を、時間をかけずに手軽に味わいたい。こうした背景から、どこからともなく同時多発的に「握りずし」、という形態が生まれたと考えるのが自然かもしれません。江戸の町が生んだ郷土料理が江戸前鮨でした。
江戸で握りずしが生まれる背景には、鮨で使われる素材も大きく関わっています。まず、早ずしで使われるお酢。当時は酒粕で作られた、粕酢が使われていました。文化年間(1804~1818年)、米酢より安価な粕酢が尾張国半田(愛知県半田市)で開発されます。これが江戸に流通し、手軽に早ずしが作れるようになりました。
また、江戸前の魚が握りずし誕生に影響したことは言うまでもありません。幕府にも献上されていた白魚をはじめ、コハダ、マキエビ、アナゴ、赤貝などが鮨ネタとして提供されていました。
江戸時代の鮨はどんなものだったか
上述の通り、江戸前でとれるネタが使われた江戸前の握りずし。シャリは現在のものより2倍ほど大きく、粕酢の影響で赤みがかかっていました。
余談ですが、現在は人気のネタであるマグロ。江戸時代は、下魚(価値の低い魚)とされていました。江戸湾近海でよく獲れており、保存方法が発達しておらず傷みやすいことから値段の安い魚だったようです。
さつまいも、かぼちゃ、まぐろなどは、はなはだ下品にて、庶民も、表店住まいひ者は食することは恥づる体なり
守貞謾稿
マグロを鮨で食べるようになったのも江戸時代。安く仕入れたマグロを醤油につけておき、鮨にしたところ大ヒット。こうしてマグロの鮨が誕生しました。
鮨は江戸時代後期に生まれ、少しずつ姿を変えながら愛され続けてきました。明治期に入ると、東京の文化をスタンダードとして全国に普及させていく流れに乗り、握りずしも一躍鮨の代名詞となっていきます。
参考文献
- 日比野光敏著/鮨の事典
- 篠田統著/すしの本
- 飯野亮一/すし天ぷら蕎麦うなぎ
- ポプラ社/日本の食事4 すし
- 日本図書センター/「モノ」のはじまり百科1
- 別冊歴史REAL/江戸の食と暮らし
- 練馬区立石神井公園ふるさと文化館/江戸の食文化
- 成瀬宇平著/47都道府県・伝統調味料百科
- 富岡一成著/江戸前魚食大全
- 蟻川トモ子著/江戸の魚食文化