江戸時代の水道管が残る-本郷給水所公苑

江戸時代の水道管が残る-本郷給水所公苑

江戸時代の水道管が残る-本郷給水所公苑

文京区本郷に本郷給水所公苑があります。
この公苑内に神田上水の石樋(水道管)が移築されて残っています。
神田上水は1600年ごろ、江戸初期に開設されました。この上水は平川(現在の日本橋川、神田川)にかかる、江戸川橋上流で堰を作り、分水されていました。今も文京区に関口という地名が残りますが、これは神田上水の堰がこの辺りにあったことに由来します。
家康入城時の平川は小石川、谷端川と合流して、日比谷入江に流れ込んでいました。これが慶長8年、江戸幕府がひらかれるころ、河口の付け替えが行われました。江戸前島を横断し東京湾に流れ込むようになります。飯田橋あたりから南に折れ、一ツ橋、日本橋を通り海に流れ込む流路です。
神田上水の給水エリアは神田、小川町、浜町、日本橋南です。このエリアであればわざわざ江戸川橋から分水せずに、もっと近場で分水できたようにも思えます。ここにも江戸の地形が影響していました。
低湿地である江戸は河川も潮汐の干満の影響を大きく受けました。
満潮時には隅田川で河口から10キロ地点、平川でも江戸川橋あたりまで海水が入っていました。そのため真水を得るためにはどうしてもその辺りで分水する必要があったようです。
分水された水は石樋や木樋を流れ、街々を潤しました。